広島大学教育開発国際協力研究センター石田研究室

広島大学教育開発国際協力研究センター 石田研究室
2019年度基盤研究(B)
「ネパールにおける安全で安心な
学校づくりのための開発モデルの実証的研究」
「ネパールにおける
安全で安心な学校づくりのための
開発モデルの実証的研究」

研究概要

背景

2015年4月から5月にかけて、ネパールの首都カトマンズ北西部を震源としてネパール大地震が発生しました。ネパール国内の死者は約8,500人にのぼり、歴史的建造物やインフラ、家屋・施設が倒壊しました。ネパール教育省の発表では、全国で約6,900校の小中学校校舎が倒壊または破損しました。

写真2枚:地震で全壊或いは半壊した学校

この地震発生から5年半が過ぎ、被災地の復興は徐々に進んでいます。
しかし、その進捗は学校によって異なります。周辺コミュニティとの協力、援助機関やNGO、インターネットを使って国内外篤志家からの支援等を受けて、早くから教室を復旧して、児童・生徒に防災教育を開始した学校があります。一方で、新型コロナウィルス感染症が猛威を振るう前に(2020年1月中旬)私がネパールに入った際でも、未だに地震で壊れた教室が整備されておらず、子どもたちが竹やブルーシートでできた仮教室で授業を行っている学校も少なくありませんでした。

写真2枚:住民の協力による瓦礫の撤去と再建

この差はどこから生まれるのでしょうか。また、子ども達にとって、一刻も早く安全で安心な学校づくりを実現するには、ステークホルダーがどんな役割を果たすことが必要でしょうか。

本研究に思い至った理由

こんな疑問に応えるために、私は、ネパール教育省や現地のNGOやコンサルタントの皆さんと、地震が起こる前の2007年から、国際協力機構(JICA)による技術協力「ネパール国小学校運営改善プロジェクト(SISMプロジェクト)」で学校運営改善のための活動を展開してきた経験を踏まえて、本研究に着手することとしました。
学校運営は、「教育活動によって、子どもの発達をよりよく保障すべく、学校の内的側面及び外的側面の条件整備を行うこと」と定義されます。学校運営は、「教育活動によって、子どもの発達をよりよく保障すべく、学校の内的側面及び外的側面の条件整備を行うこと」と定義されます。学校の内的側面とは、学校で行われる教育活動(教育実践)であり、外的側面とは学校の施設整備・人的配置を指します。
これまでの研究で、SISMプロジェクトにより直接的指導を受けた学校群は、間接的指導を受けた学校群に比べて、校長や教員、地域住民が、学校や子どもたちに対する自らの役割をより理解し、学校との結びつきも強く、主体的に外部資金を調達して教育環境の復旧を早期に達成した傾向が確認されました。
教員や住民、子ども達との参加型評価では復興に係る活動の優先度付けと実際に行った活動を比較して復興プロセスを振り返り、参加者には今後の改善への青写真が生まれました。また、防災マッピング活動で、子ども達の意見に沿って学校や通学路の安全性が確認されることで子ども達に自主性や自信が生まれ、校長や教員、地域住民間の結びつきが強化されました。
途上国において学校運営改善と防災活動は、子どもたちに安全で安心な学校環境を提供して教育の基盤整備に非常に重要であるが、どちらも子どもたちの学力向上に対する直接的効果は見えにくいのが実情です。このため、学校関係者の間で意欲がわきにくく、持続性は低くなってしまいがちです。
しかし、学校運営と防災教育を組み合わせた開発モデルによって相乗効果を生みだし、校長、教員、子ども、保護者、地域住民が、「安全で安心な学校づくり」を実現するための役割を自覚して、自ら行動に移すことを促せるのであれば、動機の自己決定性が高まり、デシ(2000)が自己決定理論で説明する「行動を起こし、行動を維持し、パフォーマンスの質を高める」ことが可能となり、技術協力の成果の有効性と持続性が高められるのではないか、と考えました。
さらに、行動経済学のチョイスアーキテクチャに拠って、学校運営のプロセスで行動と成果を伴う防災教育や参加型評価を行うことで、改善行動に引き付ける力を生み出すことが可能と考えました。

本研究の目的とアプローチ

本研究では、私がこれまでネパールにおいて行ってきた実践及び研究の成果、並びに動機付けの自己決定理論に基づいて、学校運営改善プロセスに防災教育及び参加型評価の活動を有機的に組み合わせて、学校運営を持続的に機能させる「安全で安心な学校づくりのための開発モデル」を提案し、その有効性についてネパールの被災地の学校を対象に実証的研究を行うことを第一の目的としています。
さらに、JICAによるSISMプロジェクトによって強化が図られた学校運営が、地震からの復興プロセス、並びにネパール政府が連邦制を導入したことにより教育行政の分権化が進む中で、現在どのように機能しているのかを確認し、また、他の援助機関のアプローチと比較分析して日本型教育協力の特徴と課題を考察します。

本研究では以下の3つのアプローチをとります。

  1. ネパール大地震からの復興プロセスにおける学校運営の役割を引き続き継続的に観察するとともに、昨年来ネパール政府は連邦制を本格導入し、行政区画の変更と地方分権化が急速に進められていることから、教育行政が大きく変化する中での学校運営の役割についてリアルタイムで継続的に観察して、教育環境への影響を分析する。
  2. 申請者のネパールにおけるこれまでの研究と実践を踏まえて構築した開発モデルについて、引き続き実証的研究を行って「理論と実践の統合」を試みる。
  3. 例えば、世界銀行は「学校運営委員会の創設」といった制度整備を各国セクター計画に落とし込むことを優先するのに対し、日本のアプローチは「現場主義」であり、導入された制度をどう「機能化」させ、機能を持続させるか、という点を重視していることなどに着目し、学校運営改善に係る日本型教育協力の特徴と課題を整理し、技術協力の成果の有効性と持続性を高めるための要因の考察を試みる。

対象地域

本研究は2019年度から2022年度の4年間を研究期間とし、ネパール山岳及び丘陵地域の地震被害がより大きかった被災地域からアクセス可能性、政治情勢や治安面を考慮して、対象ミュニシパリティ(新行政区)を2か所選定します。これら新行政区における地方自治体と学校の関係、学校運営の現状を確認するとともに、サンプル校8校程度を対象に開発モデルを実装し、その有効性と持続性について実証的研究を行います。

ダディン地区(SISMの直接介入地域)とゴルカ地区(同間接的介入地域)から、対象ミュニシパリティを選定し、ミュニシパリティ政府と協議の上、対象校を4校ずつ選定する予定です。

研究チームメンバー

研究チームメンバーは、私石田をリーダーとして、ネパール側のチームメンバーとして、ビム・クマール・シュレスタさんとカゲンドラ・スッバさんが参加してくれています。彼らとは、2007年の技術協力スタート時から、ネパールの教育開発のためにパートナーとして協働しています。

  • リーダー:石田洋子(広島大学教育開発国際協力研究センター教授)
  • ビム・クマール・シュレスタ(国際NGOプラクティカル・アクション研究員)
  • カゲンドラ・スッバ(教育開発・コミュニティ開発コンサルタント)
写真:右からビムさん、協力してくれた広島大学大学院生の舛田菜緒さん、私、カゲンドラさん

研究方法とスケジュール

本研究は、以下の研究方法とスケジュールに沿って、復興プロセス及び教育行政移行期間における学校運営の役割の変化を研究するとともに、サンプル校に対して「安全で安心な学校づくりのための開発モデル」の実証的研究を行います。

開発モデルの実証的研究では、動機付けの自己決定理論に拠りながら、開発モデルの実装前と後で、校長、教員、子ども、保護者、地域住民の学校運営への参加動機の自己決定性がどのように変化したか(before-afterの差)、また、SISMプロジェクトから直接介入を受けた学校と間接的介入を受けた学校の間にどのような差がみられるか(with-withoutの差)を確認します。

多角的分析のために混合研究法を採用し、質問票を用いて量的データを収集・分析し、その分析結果に基づいて詳細なインタビュー調査による質的分析を行います。

2019年度:ベースライン調査と開発モデル実装準備

  • 文献調査(関連論文、ネパール政府の復興政策、教育統計・世帯調査報告書等)
  • 新教育行政システム下での中央政府、地方自治体、学校間の役割に関する確認調査
  • ネパール全体における学校運営改善の進捗と対象行政区における学校運営の現状把握
  • ベースライン調査:質問票調査(量的分析)と詳細なインタビュー調査(質的分析)
  • 開発モデル実装へ向けての準備(教材の印刷、サンプル校への説明・トライアル等)
  • 日本比較教育学会等での学会発表、学術誌への論文投稿

2)2020年度~2021年度:サンプル校における開発モデル実装期間

  • サンプル校4校における開発モデルの実装支援(開発モデルの活動は以下の通り)
    ネパールにおける「安全で安心な学校づくりのための開発モデル」の活動内容
    1. 新学期開始時4月後半から5月に、学校運営委員会とPTAを中心に参加型評価ワークショップを開催し、復興プロセスの年表作成、学校改善計画(SIP)と防災計画の達成度を評価し、学校運営の現状を共有する。
    2. 同時期に、防災マッピング・ワークショップを行う。EDU-Portニッポン公認プロジェクトと同じ要領で、防災マッピング教材(ピクトグラム・カードと大判用紙等)を使って、子ども達を中心に学校周辺と通学路の地図を作成し、危険個所や避難所・避難経路の点検・確認を行う。
    3. 防災マッピングの結果を踏まえて防災計画を見直し、学校を中心とした携帯電話やスピーカーによる声がけなどによる防災連絡網を確認する。
    4. ネパール防災の日(1月15日(84年前の大地震発生日)に、各学校で防災訓練を行う。同時に、各学校で、校長や教員、地域住民を対象に、災害発生の仕組や防災に関するセミナーを開催し、参加者がそれぞれの役割を話し合う。
    ⇒ 翌年度も、新学期開始時期の4月後半から5月に、参加型評価ワークショップを開催して、次の開発モデルのサイクルを開始する。
  • サンプル校における実装状況の観察とモニタリング指導(3か月に1回程度)
  • 日本比較教育学会等での学会発表、学術誌への論文投稿

3)2022年度:サンプル校における開発モデル実装継続とエンドライン調査期間

  • サンプル校4校における開発モデルの実装継続
  • エンドライン調査:質問票調査(量的分析)と詳細なインタビュー調査(質的分析)
  • 日本比較教育学会等での学会発表、学術誌への論文投稿
  • 書籍「ネパール地震復興プロセスから再考する学校運営強化による日本の教育開発のあり方 (仮題)」を執筆(単著)